メモ(読み飛ばし推奨)

ああ、もう。自分自身はやってもいない・やるつもりもない・私がそういった環境にすらいない事を想像で推測で書くという意味のないことはしないでおこうと思ってたんですけど、あまりにも夜で、夜に考えてしまうとどうしても後ろ向きになりやけっぱちな気分になり書いてしまう。以下駄文。
Googleを開いたトップページに「はてなブックマーク最近の人気エントリー」ってのを表示できるようにしてまして、それで見かけたエントリー「女性の心ない言葉の暴力に殺された男たち」ってのがありまして[鬱文書注意]って書かれてるのに読んでしもたら、男女の結婚生活(「いつかはこうなるよね」と想像できる)を取りあげたものでして、刺さるのは

少なくとも男女関係において、男性の努力が報われることは滅多にありません。「いつだってあなたは、私を奴隷か虫けらのように扱うのね」何かあれば妻は口にします。実績などは一切考慮されません。ちょっといい店での食事に招待したこと、住居のトラブルを慣れない大工仕事で解消したこと、旅行に連れて行ったこと、少ない給料のすべてを妻の管理下に置いていること、疲れた体と心に鞭打って毎日妻の小言に付き合っていること、的確なアドバイスと行動で困難を乗り越えたことなど、それらの努力や実績は、女性にとっては当然のことであり、男性の義務であり、男として当然のことであり、それらが履行されなければ減点の対象にはなりうるものの、履行したところで評価の対象にはなり得ません。

という箇所で、まったく評価されないということはないでしょうけど、少なくとも「当然」だとは思ってるでしょうし私もまた「当然」だと思う。話(グチ・不満、しかもわけわからんスジであっても)を聞くし大事にしてるというのを形にして提出するのは大事と思う
・・・なーんてのは私の本心ではまったくなく建前です。「聞き流す」テクニックと「先延ばしにする」テクニックを切望してます。「聞き流す」テクニックには、さも聞いているふうに装いながらまったく聞かなくてすむことを目標にしてますから、『聞いてるの?』と言われた時の返答の仕方、もちろんそれまでの話は聞いてないので話題に参加できませんのでとりあえず話の先を促し『ああ聞いているんだな』と思わせる相槌を打てることも含まれます。そして、また自分が元気な夜であるならばテキトーなとこで話を切るというのも「聞き流す」テクニックに入ると思います。
えー、普段から集団(会社や学校や友人関係など)にコミットして価値観を近づけて似たように振る舞いながらも、「集団の中では出せないほんとの自分」を集団ってのを意識しないで価値観を近づけず似たように振舞わずに全然気にせず垂れ流せるってのをキレイな言葉でごまかして「私がどうなってもあの人は受け止めてくれるっていう同年代にはない安心感がある」なんてのたまうクサレはいなくなってしまえと思う。「私がどうなっても受け止めてくれる安心感」ってのはたぶんだいたいの人が欲しいと望んでる事だろうからで、その望む心は年代関係なく存在するだろうから。受け入れてくれるだろうという期待感で関係性を発展させるより、受け入れて欲しいという心はお互いもっていてお互いに気付き満たしあう関係性に発展させようとすることが大事なんじゃないかなと思ったり思わなかったり(まったく気付かない人もいるものね、もしくは気付いてるのに気付かないフリをしたり)。
ま、どうでもいいですね、経験上(異性と酒飲みにいったら大概パートナーに対するグチを聞くはめに、んでもって不満があるならこっちこいよとか思ったりしつつ、いくらでも聞くよーと思えるけどもちょっと説教っぽくなって)こんな話しをしてみても無駄(こちらの話を聞くつもりはまったくない)だとわかりましたので。だから意味のない書いてもしゃーないことは書くなと、結局グチっぽい話になってしもたやん、私。