メモ

あなたは悪口を言われている
そうだね、と思う。悪口なんていうモノですらない日常的なあいさつ程度な軽さでいろんなとこで行われてる話しで、もちろんそれらが本人のとこに届くことはまれだ。
国語辞典で検索してみると、「人を悪く言うこと」っていうものすごく抽象的な意味しかでてこない。

あなたが普段、人に言うくらいの悪口は、あなたに対しても言われている。あなたに知り合いが100人いたとしたら、100通りの悪口を言われている。陰であなたのことをよく言っていえる人は滅多にいない。あなたの悪いところ、あなたの治すべきところを裏であなたの上司、あなたの恋人、あなたの友達は言っているんだ。

なんだかいやな気持ちになるって?でも、いつもあなたがやっていることだ。別にたいした理由もなしに悪口を言っているだろう?あなたの悪口を言っている人も、たいした理由はないんだ。あなたの嫌いなところを陰で言っているだけだ。

なるほど、誰かの欠点や間違った行為なんかを悪く言うことが「悪口」ではないのかもしれない。上記引用文の文字通り「あなたの嫌いなところを陰で言っているだけ」で、「あなたの嫌いなところを陰で言っている」言葉がなにかのめぐり合わせで本人に届いた時に、そして届いた言葉に対して本人がネガティブにとらえた時にはじめて「悪口」になる、のかもしれない。
つまり本人に届かなければ、また届いたとしてもネガティブにとらえなければ、この「あなたの嫌いなところを陰で言っているだけ」という段階で留まるのかも・・・という風に考えれば少しは気が楽になるのかな。
と、このように書いてると、「おまえは本人に言うべきことと言わないでいいことの判断もつかないお子様なのか!?」という自己つっこみが入ります。しかし私の「大人」に対するイメージは、誰かのことを悪いように言うにせよ良く言うにせよ、なにかしらの目的や意図をまず自分で持っていて、その目的や意図を満足させ達成させるための道具として言葉を繰る。つまり、現実的な影響力を自分の意思をもって行使し、それがどこまで到達するかを試す。そして、より効率的でより効果的なより深くまで到達する現実的な影響力をもつためのステップであったりテクニックを無意識的に求めてるってのが私の「大人」に対するイメージだ(もしくは、なんの意図も持たない発言・行為をしてしまったとしてもなんらかの意図を後付けで、まるで事前に意図していかのように自然に振舞ってる人、としてもいいかもしれない)。
「影響力」とか「大人」とかって自分で書いてますけど、そんなもんどうでもいい瑣末なことだと思ってます。私の気分が悪いので「欠点だ」「誤った行為だ」と思ったら本人に言ってしまったりします。でも、言った時に思うのは「すいません」と謝るなと。私はその発言や行為が欠点だ・誤ってると感じましたが、どう感じましたか?と言っているのです。そこには常識とかではなく(私が感じたってだけだから)、そして返答に合理性や論理性を求めているわけでもないのです。でも、返答はこない。だから「すいません」じゃない返答がくるだけまし・・・という風に考えれば少しは気が楽になるのかな。