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Apes! Not Monkeys! はてな別館 - ある極限例
談 editor's note[after]私たちは、なぜ科学を選ぶのか


えーいきなり話しが落ちますが、この間仕事帰りに同僚と飯食べに行ったわけです(とは言え「すき家」ですが)。てきとーに注文してもぐもぐ食べてくっちゃべってさて帰ろうと精算の段になったわけです。「ご一緒に支払われますか?」と聞かれて同僚は「別々で」と答えた。んで、「○○のお客様650円です」で同僚支払う。「○△のお客様600円です」で私払う。しかし、「○○」は私が食べたモノだったわけです。つまり、同僚は私が食べたモノの支払いをし、私は同僚が食べたモノの支払いをしたわけです。私は気付いていながらも「なにかのプレイか?」とか思ってましたが、料金が違ってたから50円をそっと渡したわけです。しかし、同僚は渡されても「あれ?」とか言ってるわけです。さすがにあべこべに支払った事はわかったようですが、なんで50円なのかよくわからない様子でその「あれ?」だったようです。私は「いいから」と同僚のサイフに50円をねじ込み別れて帰って、この話し終了。
この「いいから」ってところに歳を感じるのです。んでもってこの後書かれるであろう「俺が若ぇー頃は云々」で始まる文章自体にも歳を感じるのです。ま、いいです、書かないです。
認識や視点や知識のずれってのはほんとありふれててどうしようもないと感じる毎日ではありますが、知識が足らない、視点が多角的ではない、認識が偏っていると感じるならば、こういった知識があります、こういった視点もあります、このように認識してみては?といった言葉を総合する形で「私の言うこと・提示するモノはあなたの考えに影響を与えますか?」と改めて問う・・・のはうまくいかないことの方が多い。というか逆に頑なになったり「なんでそうなる!?」と悪くなる方がもっと多いですね、残念。