メモ

彼は正義を「相互利益を求める共同の冒険的企て」である社会の「諸制度がまずもって発揮すべき効能」だと定義した。そして社会活動によって生じる利益は分配される必要があるが、その際もっとも妥当で適切な分配の仕方を導く社会的取り決めが社会正義の諸原理になるとした

「相互利益を求める共同の冒険的企て」ってのが刺さった。さらに

各人は基本的自由に対する平等の権利をもつべきである。その基本的自由は、他の人々の同様な自由と両立しうる限りにおいて、最大限広範囲にわたる自由でなければならない。

で、基本的自由って何?と見てみると、

基本的自由の権利-良心の自由、信教の自由、言論の自由、集会の自由等

で、「ただここにおける自由とはいわゆる消極的自由を指示している」と書いてある。じゃ「消極的自由」って何?と見てみるとブワーっと出てきます。以上wikioediaのジョン・ロールズから引用。
で、こちら(消極的自由wikipedia)も読んでみた。
積極的自由と消極的自由か・・・おもしろいっす。さて、ちょっと引用をしますけど改変したもの

より「よき社会」(たとえば「最大多数の最大幸福」)を実現するために、特定の立場の人々の介入を容認し、結果として積極的自由を推奨する。一方、消極的自由は他者の権力に従わない状態、他者の強制的干渉が不在の状態を意味する。

・・・さてと('A`)
ああ、すいません、ただちょっと読んでちょっと書いただけです('A`)
なーーーんもできんかった、ふぅ。
繰り返し、「相互利益を求める共同の冒険的企て」カコイイ


追記。「相互利益を求める共同の冒険的企て」カコイイと書きましたが、これが成立するためには一体何を差し入れとくべきだったのか?大々的に「○○は入れとくべき!」って叫ぶなり、ひっそりと目立たないようにささやくなり、なんなりすべきであったのだと今更。
中略
一番私が最悪だったのは、なんら対案を提出できなかったし提出しなかったし、また新たな案を提出できなかったし提出しなかった点である。んでもって、この先こういった場面に遭遇した時私が行動するだろうという自信がまったくないのがさらに最悪だ。
よし、これでさよなら。反省終了&切り替え完了。もう書かない。